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パスツールにやや遅れて、ドイツのロベルト・コッホが医学の分野から、病原体としての細菌の研究を開始した。コッホは切ったジャガイモの断面でのカビの生え方をヒントに、液体培地をゼラチンなどで固めた固体培地を発明して細菌の固体培養法を確立した。固体培養法では液体培養法とは異なり、病原菌と他の細菌の混じり合った中から、それぞれを独立した別のコロニーとして分離し、純粋培養を行うことが可能となったため、分離した一種類の細菌についてのみ、その病原性を研究することが、ようやく可能になった。
コッホはこの手法を用いて、学生時代の恩師の一人であったヤコブ・ヘンレが提唱していた、病原体を証明するために必要な三つの原則(ヘンレの原則、コッホの原則の1-3に対応)に従い、細菌説の証明に取り組んだ。そして1876年に、炭疽症を起こした動物から分離した炭疽菌の病原性について、ヘンレの原則を満たすことを示した。また、この後にさらに実験感染した動物の体内から炭疽菌が分離できることも証明し(コッホの原則の第4条件にあたる)、細菌説が科学的に正しいことを実験的に証明した。
さらにコッホは1882年に、ヒト結核の病原体として結核菌を分離し、ヒトの病気についても細菌説が正しいことを実験的に証明した。これと同時に4条件からなるコッホの原則を公表した。これを受けて、医学研究者らの関心が一気に細菌学に向けられることになり、20世紀の当初までに、主要な伝染病の病原体が発見されていった。
一方、環境説を支持していたペッテンコーファーは、コレラの病原体が細菌であるとする説に異を唱えて、1892年にコレラ菌を自ら飲む自己実験を行うことで自説の正しさを証明しようとした。この結果、ペッテンコーファー自身は激しい下痢を起こしたものの、コレラの主症状とされる脱水症状を起こさなかったため、細菌説の正しさに対してクレームがつけられる結果となった。しかしその後、他の研究者による追試の結果などから、最終的には、病原菌の毒性と宿主の抵抗性の、力のバランスによって発病するかどうかが決まることが次第に明らかになり、さらにその欠点を補いながら、細菌説の方がより正しい学説であることが証明されていくことになり、長く続いた環境説やミアズマ説との論争に決着がつけられた。